センベイ

街を歩いていると男と目が合った。
黒いニット帽に黒いコートを着たその男は、キャリアバッグを引きずりながら僕に近付いてきた。
美しい瞳をしている。
男はまっすぐに僕の目を見ながら、おもむろにポケットから一枚の煎餅を取り出した。

「人からもらったんだけど、いらないからあげます。」
この場合、言うべき言葉はやはり「ありがとう。」だろう。
それを言うと、男は表情も変えずにキャリアバッグを引きずって人ごみの中へ消えていった。
しばらくの思考停止の後、僕はその煎餅を近くにいたホームレスの男に差し出した。

「人からもらったんだけど、いらないからあげます。」
そのホームレスの男は、地べたに置いてあった瓶入りウイスキーを一気に飲み干し、笑いながら煎餅を食べる。

ありがとう、お腹空いていたんだよー!」

 

彼の胃袋に消えていった煎餅は、一体どこからやって来たのか?
答えのない問題に、僕はひとり思案を巡らす。

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