或る情景

路傍の往来の中で、二十代半ばと見受けられる女性が座り込んでいた。
体調が悪いのかなとも思ったが、仕草からそのような感じは受け取れない。
疲れた表情のようでもあるが、口元は微笑んでいるようにも見える。
背負っているのはバイオリンの入ったケースだろうか?品のある出で立ちである。
声をかけて写真を撮らせてもらおうかとも思ったが、その時空に僕とカメラが介入した刹那、その情景が音もなく消え失せるのは明らかだった。美しすぎて触れられないんだ。生半可な僕は見つめる事しかなす術ない。

時おり強い風が吹き抜け、長い黒髪をかき乱す。それを気に留める様子もなく、彼女は座り込んだまま宙の一点を見つめている。僕はその情景を網膜に焼き付けようと凝視する。連休初日の雑踏などは記号となり反芻もなく消化されてゆく。世界がねじれる。
やがて風は鈍色の空を運んできた。にわかに辺りが暗くなる。
「大雨になれば、群衆は我先と建物の中へ避難するだろう。」
激しい雷雨のなか、彼女と二人で路傍に取り残される事を切願していた。

しかし雨は降らず、彼女もあっさりと立ち去ったのでした。

取り残された気分のまま、僕はひとりヨドバシカメラへ。買い物すませて表に出ると大雨でした。

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