フェリックス・ティオリエ写真展

世田谷美術館で開催されている「フェリックス・ティオリエ写真展-いま蘇る19世紀末ピクトリアリズムの写真家-」を見に行ってきた。
ピクトリアリズムとカテゴライズされる作品は正直好みではないのだが、170点にも及ぶヴィンテージプリントを見れると聞いて足を運んだ次第である。

順路を辿ると、やはりほとんどの作品があまりにも絵画的。構図や配置には退屈な部分もあったのだが、しかしそれでも写真は写真、細部をつぶさに観察すると、作者が意図しなかったであろう面白さも浮き上がってくる。
そうなると一枚の鑑賞時間がどうしても長くなってしまう。次の予定の時間が差し迫っている事を恨みながらも、できるだけ長く向き合いながら写真を楽しむ。
すると「農村に暮らす人々」のパートで、僕の琴線に触れる一枚の写真と出会った。なんのけない田園風景に、親子とおぼしき人物が立っているだけの写真なのだが、空に溢れる光、草の切り口から漂う匂い、その草の根に広がる泥濘の感触、それら全てが視覚から全身を駆け巡る感覚を得る。「この場所に行ってみたい。」「この時、この地に立ち、この風景をずっと眺めていたい。」そう切に願える一枚だった。
こういう出会いを求めて写真展を見に行っているんだな〜。しばし恍惚。
しかし展覧会場はまだ半ば、時間は猶予を許さない。残りの展示を足早に見て、いそいそと美術館から退散。
また今度、ゆっくりと見に来る事にしよう。

帰り道、日没前の砧公園を小走りで駅方向へ。ふと背後に気配を感じて振り返ると、公園の木々が夕日に照らされ、新緑を抜けた光が宙を照らし、まるでティオリエの写真のようだった。

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