搬入完了しました

写真展「ariphoto 2011 vol.1」の搬入が完了しました。毎回撮りおろしで行っている写真展。今回展示している写真は今年の3月1日から撮影を始め、28日に撮り終えた。その一ヶ月に撮影した写真で構成しているのだが、周知のように間にあの3月11日を挟んでいます。
地震発生当日も新宿にいて、今回の展示で使用するための写真を撮影していた。新宿駅東南口の喫煙所で一服しているときに初めの揺れを感じた。かつて経験したことのない揺れではあったが、すぐに落ち着くだろうとタカをくくりタバコを吸い続ける。しかし揺れはおさまるどころか徐々に振幅を増してくる。ようやく身の危険を感じて高い建物から距離を取り、辺りを見渡しどうにか状況を確認しようとした。すると西新宿の高層ビル群が羊羹のように揺れているのが眼に入る。視線上に在る幾つかのビルがくっついたり離れたりして大きくねじ曲がる様子や、周りの人達が逃げ惑いながら発する悲鳴はさながら世界の終わりを想起させた。

あの日を境に僕の世界に対する認識は揺らいでいる。連綿と続く日常を生きているつもりではあったが、〈今まで〉と〈これから〉が真っ直ぐに繋がる線としては見えなくなってしまったのだ。あの日以来もいつものように街に出て、いつものように撮影を続けていたのだが、世界の見え方がいつもと違うような気がしてならないのです。それは節電による街の暗さや、駅前の街頭募金などの風景の違いに起因するものでもなく。前触れもなくやってくる余震の恐怖や、原発の状況に対する心的要因などでもないようだ。ましてやそれらの違いによって自分の撮影する対象が一変するわけでもないし、出来上がった写真も今までとさして変わらないと思う。

前日と前々日の記事に掲載した奥尻島の写真を撮ったとき、体のなんか奥のほうから込み上げるような、心を突き刺すような、今まで感じたことのないような感情が芽生えてきたのを覚えている。その後もいろんな場所に行っていろんな写真を撮ってきたが、それはあの奥尻島で芽生えた感情をゆっくりと育てて自分なりに解釈しながら進んできた結果だったのだろう。すると今僕が感じている〈世界に対する認識の揺らぎ〉もきっと、今後の自分にとって、自分の撮る写真にとって、重大な影響をあたえることになるのだろうか。今はまだ渦中にあり進むべき道は見えないが、芽生えつつあるこの感情をゆっくりと大切に育んでやりたいと思う。

まずは会期中、自分の撮った写真を心ゆくまで眺めながら考えてみよう。

ちなみに今回のDMに使用した写真は震災の翌日に撮影したものです。 DM

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