作品と仕事

しばし東京を離れて北海道に行ってまいりました。
とはいっても自分探しの旅などではなく、仕事撮影です。
カラーポジ&モノクロで1200枚ぐらいを勢いよく撮ってきた。
ここのところ作品撮りで煮詰まってシャッター押す数が減っていたので、いい気分転換させてもらいましたよ。

つかれたけどたのしい。

Good-bye Shinjuku

一瞬一瞬を大切に生きたいと思っているが、
淡々と過ぎてゆく日常のなかに何かを期待しようとしても、
毎日がドラマティックに過ぎてゆく訳でもなく
昨日とおんなじ今日が繰り返すだけ。

この現状を打破しようとカメラを手に街に出る。
が、いつもの路を歩いて、いつもの場所で休憩するだけ。

時間の経過とともに期待は焦燥へと変わる。
これではまるで中学二年生のバレンタインデーの再現ではないか!

それならばいっそドラマチックへの期待を捨て、ロマンチックな人生を生きようぞ。

さらば新宿。

愛してるんだ2

COLNAGO C40 / Dura-Ace 我が愛車、こいつに跨がって撮影に行くのが極上!
新宿に着いたら、盗難されないように100円払って駐輪場に入れてやる。

たんに自慢してるだけだな。

愛してるんだ

右上にあるカメラ、我が愛機ローライフレックス。
学制時代から使っているので、かれこれ15年ほどの付き合いになる。(こいつは二代目だが)
インド、ネパール、チベット、中国、アメリカ・・・
すべての撮影旅行や取材に同行してくれて、全くトラブルのない頼もしい奴である。
色んなカメラと浮気もしたが、結局はこいつのところに戻ってきてしまう。

仕事に関してもほとんどこいつで撮影する。
ポラも撮れないし、「寄って(近接撮影)下さい」と言われれば
「無理です!」と返すしかない不便な部分もあるが、それを補って余りある活躍をしてくれる。

先日も某誌の撮影にこのカメラで臨んだ。
首からローライフレックスをぶら下げてポケットにフィルムと露出計、
この姿で現場に行くと大概の人は不思議そうな顔をする。
カメラマン=カメラバック&重機材という先入観があるんだろうか?
モデルのフィンランド人もこのカメラに非常に興味を示してくれた。
デジタル全盛のこの時代にあってはこのスタイルがおかしく映るのか、
撮影する僕の姿を現場のスタッフ達が写真に収めている。
背後にシャッター音を聞きながら撮影を進める。
たった二本で撮影終了。街で人を撮る時も、仕事の時もいつもこんな感じだ。

長く使っている事もあって、このカメラで撮影した写真にはある種の確信が持てる。
余分なカットは必要ない。
本当に大好きなカメラだ。

しかし長年の酷使が祟ったのか、最近調子がよろしくない。
なんてったって35年前のカメラ、あちらこちらにガタがきている。
そろそろオーバーホールに出してやろうかな?
寂しくなるなぁ。

印画紙狂想曲

ILFORDの印画紙を愛用しています。
一年前に五千円ちょっとだったのが、三ヶ月前には七千円台になりました。
んで今日買いにいったら八千円台に突入しておりました。
来年あたりには一万円突破かな?
これだけの急激な値上げが市場でまかり通る不可思議。

はい、高くても買います!。
だから品質を下げないでください。
そして生産だけはやめないでください。

老舗の気概を見せてくれ!

明日に向かって行こう! でも明日っていったいどっちだ?

「明日があるーさ、明日があるー。」

なんて昭和歌謡が、数年前の不景気のさなかリバイバルされてたな。

「わかーいぼくらにゃ夢があるー。」

夢があるのは結構だが、今日がダメでも明日があるみたいなのには納得しかねる。
ダメな一日を集積させて、ダメな人生を築き上げない為にも

「一日暮らし」を心掛けたい。

多種多様

写真を撮らしてもらおうと声をかけたおばさんに
「おまえはワタシをバカにしてんのか!?おまえは大橋巨泉だ!ジャスコだ!おまえの家賃は五万円だ!」
と、罵られた。

その後、同じように声をかけたおじさんに
「あんたは神様やぁ〜。」
と、お褒めの言葉をあずかった。

人間ってのは一筋縄ではいかないなぁ。

夏も終わりそうなのにね。

電車嫌い

最近電車に乗るとロクなことがない。
一昨日に続き電車ネタ。

またまた帰宅中、今度は吉祥寺の駅に着いたとたん。
ホームを歩いていると、正面の階段を猛スピードで駆け上がってくる男二人。
若いチャパリーマンと大学生風の青年。

逃げるチャパリーマン。追う大学生。
チャパリーマンが今来た電車に飛び乗った。
が、満員電車なので扉の近くから動けない。扉は閉まらない。
乗客の親父が「乗ってくるな!」と言う。
其処に目掛けて大学生が助走をつけてヘッドバット。
プロレスみたいに飛び散る血飛沫。
チャパリーマンを電車から引きずり降ろして、ホームでもみ合いを始める。

さすがに見ていられなくなり止めにはいる。
実は喧嘩の仲裁は今年に入って三回目だ。
なんで誰も止めないんだ?

どうにか間に分け入って、二人を引き離す。暴言を吐いたらすかさず注意。
だいぶ落ち着いてきたかなと思ったら、
チャパリーマンには「こいつはお前のツレかっ!」といわれ、
頭からボタボタと血を流す大学生に、医者に行こうとうながすと「お前は関係ないだろっ!」
それぞれに捨て台詞を吐かれた。

あぁ、こんなことになるから誰も止めようとしないのね。
明日は自転車で行くことにする。

福山えみ写真展

けっして奇を衒うことなく、
品格をもって佇まう写真。
そんな写真が大好きだ。

8月22日(火)よりLOTUS ROOT GALLERYにて開催。
アサヒカメラ9月号にも作品が掲載されています。

アートにならない一日のおわり

帰宅中、僕の乗った電車が人を轢いた。
消防、救急、警察、ブルーシート。
嫌悪感をあらわにする乗客達。メールする人、電話する人。
見ようとする人。目をそらす人。
読解不能な感情の飽和した車内。
しばらく扉は開きそうもない。
バラバラになった肉片を尻の下に感じながら、持っていた詩集をひらく。

其頃、私は、情愛豊な少年であつた。
其頃私の世界に総てのちかひは美しかった。

其頃の日日は、暗い、単調な私の生涯に、思出の細い燐寸を擦つた。
其頃、私の涙は薄荷水であつた。
其頃の懊悩は花綾であつた。
其頃私の恋い心は茴香であつた。

其頃私は神々よりも幸であつた。
其頃私は神々よりも幸であつた。

金子光晴 「翡翠の家」より一部抜粋

見知らぬ人の勝手な死は、全くもってアートにならない。

いちど亡びた時間がフィルムをはしる

写真の発明より以前にもカメラというものは存在しており、写真の発明はすなわちフィルムの発明であった。
それから170年、どれだけの写真がフィルムによりナンタラカンタラ・・・。
はい、もう聞き飽きた台詞ですよね。
写真関係者と会ってもこの手の話ばっかり。デジタルだろうがフィルムだろうがもういいでしょう。
確かにフィルムをはじめ感光材料の値段は上がったが、必要ならば買うしかないし。
僕はフィルムが生産供給されている限りにおいては、それを使って写真を撮り続けることをここに宣言します。
だって好きだから。好きに理由が必要ならば説明しますが、このスペースでは言い切れない。
でも、デジタルだって使います。(実際このブログの写真はデジカメで撮っているわけだし。)

とにかく、ニエプスとダゲールとタルボットに感謝!

最高に素敵なもの発明してくれて、本当にありがとう。

ところでデジカメの発明者が歴史に名を残す日は来るのだろうか?

初個展

本日夕刻よりワークショップ受講生のプリントチェック。
僕と元田の運営するロータスルートギャラリーでの個展に向けてのものだ。

人も少なくなった喫茶店に、仕事を終えた彼女が緊張した面持ちでやってきた。
雑談の後ひといきおいて、バライタ印画紙に丁寧に焼かれた一枚一枚に目を通す。
それを食い入るように見つめる彼女の視線から、初個展へ向けての緊張や葛藤が伝わってくる。
そして、かつて自分にも初個展に挑んだ時間があったことを思い出す。

十年以上前だし、今までに経験したことのないプレッシャーを感じていたのであろう、
当時のことはほとんど記憶に残っていないが、確かに自分にも今の彼女のような時期があったはずだ。

個展も回数を重ねるにつれて慣れも出てきたし、スケジューリングも上達してきた。
自分の判断で全てをこなせるようになった。(とは言っても、いつも開催当日まで綱渡りだが。)
状況は変化したが、作品を発表することに対する真摯な姿勢を忘れないようにしたい。

福山えみ初個展「しずまないうちに」はLOTUS ROOT GALLERYにて8月22日(火)より。
8月26日(土)18時よりオープニングパーティーもおこないます。

ただ撮るだけ

今日新宿でアーティストだという青年と出会い、撮影させてもらった。
撮影後、彼との会話で
「空気みたいに写真撮りますね。」
とのコメントを頂いた。
これは喜んでいいのか、それとも反省するべきなのか。
そういえば同じような内容の手紙を被写体となった人から頂いたこともある。

たしかに人の写真を撮る時に過剰な演出もしないし、特別な技法も駆使しない。
いうなれば、黙ってただ撮るだけ。
被写体に指示をだす時もあるが、それは声をかけることにより変化してしまった表情や仕草を、できるだけ出会った時のものに戻す為の最小限の演出だ。

写真家の撮影時におけるスタイルの多様性でよく引き合いに出されるのが木村伊兵衛と土門拳。
いつの間にか撮り終えているという木村伊兵衛に対して、自分の納得のいくまで同じことを何度でもさせる「写真の鬼」と言われた土門拳。

類型でカテゴライズしても仕様がないので、自分がどちらかなんていえないが、
初めてその人を目撃した時の感動が印画紙に甦ればそれでいいと思っている。

そして被写体となってくれた人と、そのような会話を交わせるのを単純に嬉しく思う。

自然に親しむ一日

内向的な性格の少年時代だったが、そこそこ友人もいたので引きこもることもなく共に山野を駆け回った。
二十代になって旅する時間が多くなった。当然のように貧乏旅行だったので、多少のサバイバルらしきことも経験した。
そしてそれを楽しむ術も身に付けている。
三十代になった今も野外生活は大好きだ。

一泊二日で奥多摩に行っていました。

昼間っからビール飲んで、川で遊んで、焼きソバ焼いて、吊り橋わたって温泉へ。
バーベキューして、またビール飲んで、河原にて星空を眺めながらの就寝。
起床後、朝靄を散策。
薪焚いて炊飯。
クリフジャンプ。
ドッボ〜ン!
そして生傷。

大したことはしてないんだけども、それだけでパーフエクト。

クタクタになって帰宅すると、ニュースでは首相が靖国参拝。
毎年毎年、もういいよ。うんざり。
この問題、「自然に還れ」では済まないようだ。

星となった恩人たちへ、合掌。

DEAR INDIA

かつて青春時代の一年間をインドで過ごした。
色々訳あってその時撮影した写真は未発表になっている。
病気もしたし辛いことも沢山あったが、今となってはいい思い出である。
しかし写真が未消化なこともあってか、その旅の記憶は僕の中で澱のように溜まっている。
それがふとした刹那、甦ることがある。

うだるような暑さのなか、日が沈みゆく時。
バスにのっている時。
そしてなぜだか帰り道、日の暮れた住宅街で、夕飯のお味噌汁の匂いの漂う時。

不意にあの時見た風景が目の前をよぎる。
なんでだろう?
またいってみたいな。

有元伸也ワークショップ

自身のギャラリー、LOTUS ROOT GALLERYで開催しているワークショップ。ただいま二代目受講生を募集しています。
参加希望者はrenkon@w2.dion.ne.jpまで住所氏名メールアドレスを記入して送信してください。

現場で会おう!

新宿で撮影中、新南口でゼミの学生と遭遇した。
彼女も撮影中。小さな体に似つかぬ大きなカメラをぶらさげている。
まぁ立ち話もなんなんで、スタバでいっぷく。他愛もない話をするが、話が一巡りするとそわそわしてくる。
お互いに写真のことが気になってしょうがないようだ。
30分ほど話して、それぞれのテリトリーへもどってゆく。暑いけど、爽やかに。

街中で学生と出会うといつもは気まずく感じるのだが、お互いに活動しているところを確認し合えるのは悪くないな、と思えた。

それにしても今日はすごい雷雨でしたね。

LOTUS ROOT GALLERY

元田敬三と二人で作ったギャラリー。

Shinya ARIMOTO web site

有元伸也ウェブサイト、シンプルにつくりました。

http://arimotoshinya.com

写真のこと

日々の撮影行為の中から見つけるしかない。